浦和地方裁判所 昭和59年(ワ)97号 判決 1986年7月28日
原告 有限会社 友船
右代表者代表取締役 高木功
右訴訟代理人弁護士 山本政道
被告 埼玉県
右代表者知事 畑和
右訴訟代理人弁護士 田島久嵩
右指定代理人 新井幹久
<ほか三名>
同埼玉県技術吏員 中村定夫
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 被告は原告に対し金一九四万五六五〇円を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨。
第二当事者の主張
一 原告(請求原因)
1 原告は昭和三二年以来肩書地において旅館業を営んでいる者で、その営業する旅館は埼玉県営大宮公園双輪場(以下単に「双輪場」という。)の北側園路(以下「本件園路」という。)を隔てゝすぐ北側に所在し、本館と別館がある。本館は割烹旅館で予約の客が多く、別館はモーテルで予約客は殆どなく車の客が相手である(以下割烹旅館とモーテルとを合わせて「本件旅館等」という。)。
2 本件園路は、本件旅館等への出入りのための唯一の道路である。
3 被告は昭和五五年秋ころから双輪場北側バックスタンド増設工事をしたが、これに伴い被告の職員である埼玉県大宮公園事務所長は、訴外東建設株式会社(以下単に「東建設」という。)に請負わせて、昭和五七年一月から同年四月まで本件園路の改修工事(以下「本件工事」という。)を行った。
4 東建設は本件工事期間中次のとおり本件園路を事実上封鎖したため、その間原告らの本件園路の通行に著しい支障を生じた。
(1) 封鎖状況は昼間はほゞ全面封鎖であり、移動柵を立てて車両の進行を止め、内側にダンプカー等の工事用車両を並べている状況で、歩行者でも通行困難であり、まして車両は殆ど通行不能であった。
(2) 夜間は、移動柵はとり除いてあったが、掘り返えしたあとがそのまゝにされて赤ランプが点滅しており、無理に突っこめば通れなくはないものの、敢えてそれをやってみようという気には到底なれない状況であった。
5 ところで、大宮公園事務所長は、本件工事の発注者たる被告の公務員で、本件工事請負契約の担当者として、本件工事の発注にあたり、工事請負者たる東建設に対し、原告らの本件園路通行の妨げとならないような工事方法をとるべき旨を周知徹底させるべき義務があったのに右義務の履行を怠った。
即ち、本件園路は、昭和三九年ころからは車両の対面交通が確保されていた場所で、その幅員は本件工事着工当時最も広いところで約一〇メートル、最も狭いところでも六・九メートルあったから片側通行規制方式をとることも可能であった。また、当時双輪場北側には双輪場と本件園路を仕切っていた塀があったが、この塀は双輪場の工事のため設置され、工事終了後は取りこわされる運命にあるものであったところ、この塀の南東側には同工事のため車両の通路に供されていた十分な幅の空地帯があったのであるから、右の塀をとりこわしてこの空地帯と本件園路のうちの南東側歩道予定部分を合わせれば、最も狭いところでも四メートル、大部分の個所で五メートル以上のゾーンを確保できたのであって、この余地を利用すれば仮設道路を設けて車両の通行を確保したうえ工事を進めることも可能であった。しかるに、前記大宮公園事務所長が東建設をして右のような方法をとらせることなく、全面通行止方式で本件工事をさせたことは、同所長において前記義務の履行を怠ったものというべきである。
6 本件園路が本件工事中前記のような状況であったため、モーテルの利用客が激減し、それは封鎖が解かれた後にも尾をひき、利用客がほゞ前年並みに回復したのは昭和五七年九月のことである。その減少状況と損害額は別表のとおりであり、原告は総額で金一九四万五六五〇円の損害を被った。
7 以上のとおりであるから、大宮公園事務所長の本件工事発注行為は国家賠償法一条にいわゆる「公権力の行使」にあたり、被告は、前記のとおり同所長がその職務を行うについて過失により原告に与えた損害を賠償する責任があり、仮りに同法の適用がないとしても、同所長の発注行為には前記のとおり注文又は指図に過失があったので、被告は、民法七一六条但書、七一五条に従い、同所長の使用者として、被用者たる同所長が被告の事業の執行につき過失により原告に与えた損害を賠償する責任がある。
よって原告は、被告に対し、主位的に国家賠償法第一条により、予備的に民法第七一五条により前記の損害合計金一九四万五六五〇円の賠償を求める。
二 被告(請求原因に対する認否及び主張)
1 認否
請求原因1の事実中、別館は予約客が殆どなく車の客が相手であるとの点は不知、その余は認める。
同2、3の事実は認める。同4の事実は否認する。
同5のうち、大宮公園事務所長が被告の公務員で、本件工事請負契約の担当者として、東建設に本件工事を発注したことは認めるが、その余は争う。
同6の事実は否認する。
同7は争う。
2 主張
(一) 大宮公園事務所長の本件工事の発注は私経済行為であり、国家賠償法第一条の「公権力の行使」にあたらない。
(二) 次のような事情を考えれば、大宮公園事務所長の本件工事の発注指図には過失がないというべきである。
(1) 道路工事をする場合、管理者は工事の安全性、工事期間の適正性、経済性、通行の安全性等種々の公共的見地から工事施工方法や工程を決定すべきところ、本件工事の着工前大宮公園事務所長は、東建設との間で工事の施行方法、工程等の打ち合わせを行い、その際片側通行規制方式についても検討したが、改修前の本件園路の幅員は四メートルであったから、この方式をとると工事個所と車両通行部分の巾はそれぞれ二メートルとなるが、保安上工事個所の周囲を巾約五〇センチメートルのバリケードで囲みながら工事をするため、通行可能部分の巾は更に減って僅かに一メートル五〇センチとなり、これでは車両の通行に不充分であるうえ、工事部分の幅員も狭いため、バリケードで囲ってもなお工事中掘削機が回転する際に通行人に危害を加えるおそれがあること、更に小型重機での作業となるため工事期間は全面通行止方式の場合の二倍となり、従って工事費用も二倍になること等の理由で、この方式をとらなかったものである。
また、南東側歩道予定地部分の中央付近には松の古木が点在しており、また、原告主張の双輪場北側の塀の南東側には塀に接近して双輪場の施設があったほか、松の古木も多数あり、かりに塀をとり払っても原告主張のような空地は殆どなかったから仮設道路を原告主張の場所に設けることは不可能であった。のみならず、原告主張の工事方法自体無理であった。すなわち、南東側歩道工事には縁石据付等歩車道境界工事をする必要があるが、これを原告主張のように車道の完成後に行うとなると、折角完成した車道の半分を再度掘削し直して工事することとなり、完全な二重工事となり、しかもそのやり直し工事の工事期間は片側通行規制方式による工事と同期間を要し、全面通行止方式による工事の約二倍となるのであり、また、その間は車両の通行は完全にできなくなるからである。従って、被告の実施した工事方法の方が原告主張のそれより本件旅館等への出入りには支障の少ないことが明らかである。
(2) そこで、大宮公園事務所長は、全面通行止方式で本件工事を施行することとしたが、その際原告ら本件園路の利用者に対する影響を少なくするため、東建設と打ち合わせの上、別紙工程表のとおりの工事手順、工程で施行することとして、東建設に対しその旨の指示をしたものであり、この点において大宮公園事務所長の注文指図には何らの義務違反もない。
(3) なお、東建設は、本件旅館等への客の出入りに支障のないように、本件旅館等への出入りが出来る旨の表示板を特別に作製し(埼玉県の工事標準仕様にはないが)、昭和五六年一二月三日産業道路側からの本件園路入口角に設置した。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の事実は別館は予約客が殆どなく車の客が相手であるとの点を除いて当事者間に争いがなく、同2、3の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二 請求原因5の事実のうち、大宮公園事務所長が被告の公務員で、本件工事請負契約の担当者として、同工事の発注をしたことは当事者間に争いがないところ、原告は本件工事の注文又は指図について大宮公園事務所長に過失があった旨主張するので、この点について判断する。
当事者間に争いのない右の各事実と、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。
1 大宮公園事務所長は、本件工事の着工前部下職員山田正男をして東建設と工事方法、日程等について打合わせをさせ、別紙日程表記載のとおりの工期、工事箇所についてその記載の工事を本件園路西側端起点から産業道路側終点に向って順次施行することとし、そして、本件工事はその予定どおり終了したこと、
2 ところで右打合わせの際工事期間中の車両の通行をどうするか、全面通行止にするかあるいは片側通行規制方式をとるかについても検討されたが、改修前の本件園路の幅員は一定でなく、広いところでは片側は車両を通行させながら片側について工事をするだけの幅員のある個所もあったが、狭いところでは通行の安全を考えるとこのような方式をとるだけの幅員に余裕がないうえ(改修前に本件道路の幅員がいくらであったかを確定するに足りる的確な証拠はない。)、中央部の舗装部分(巾は四メートル前後)を除き両端には松の成木が点在していたから、この方式をとることは困難であると判断されたこと、
3 そこで大宮公園事務所長は、全面通行止方式で本件工事を進めることとしたが、工事による影響をできるだけ少くし、夜間の車両の通行を確保するため一日の作業量を限定(工事区間を定めて作業)し、夕方には工事個所についても車両の通行に支障がない状態にして終了するよう東建設に指示するとともに、東建設をして昭和五六年一一月三日ころ、本件園路の産業道路からの入口角に、本件旅館等への出入が出来る旨の表示板(もっとも旅館名は「友船」ではなく「友般」と誤記)を立てさせたこと、
以上の事実が認められる。
右の事実によると、大宮公園事務所長が改修前の本件園路の状況から片側通行規制方式で本件工事を行うことは困難であると判断し、全面通行止方式で本件工事を行ったことは相当であったというべきであり、また、同人は全面通行止による工事の影響をできるだけ少くするため東建設に工事方法等について必要な指示を与え、この点の配慮もしているのであり、したがって、同人が片側通行規制方式で本件工事を注文しなかったことないしはそのような指図をしなかったことについて過失があったと認めることはできない。
もっとも、《証拠省略》によれば、大宮公園事務所長の右のような指示にもかかわらず、東建設の従業員らがこれを必ずしも完全には実行していなかったためか、本件園路は右工事の期間中時には夜間にも路面に凹凸があって、一般の普通乗用自動車の利用者からは多少通行を敬遠されるような状況であったことも窺われないではない。しかし、右のような状況によって損害を被った第三者に対し、本件工事請負者たる東建設において損害賠償の義務を負うべき場合があるか否かは別論として、少なくとも前記のとおり本件工事請負契約にあたって東建設に対し必要な指示を与えていることが認められる大宮公園事務所長には、右のような状況があったからといって直ちにその注文又は指図に過失があったものと認めることはできないといわなければならない。
また、原告は、仮設道路を設けて車両の通行を確保したうえ本件工事を施行するよう指示して発注しなかった点で大宮公園事務所長に過失があった旨主張し、《証拠省略》中にはその主張に副うかの如き供述部分がある。しかし、《証拠省略》により認められる本件園路及びこれと双輪場との境界付近の状況からすると、本件園路の南東側歩道予定部分には松の成木が点在しているほか、本件園路と双輪場を仕切る塀際の双輪場敷地内にも松等の成木がかなり生えているうえ、当時本件工事とほゞ並行して行われていた双輪場バックスタンドの階段工事が塀際その敷地一杯まで予定されていたから、このような場所に原告主張のように仮設道路を設けることは困難であったと認められることに照らすと、《証拠省略》中右原告主張に副う趣旨の供述部分は採用し難く、これにより仮設道路を設けないで本件工事を施行した大宮公園事務所長に原告主張のような過失があったと認めることはできないといわなければならない。
そして、以上のほか大宮公園事務所長に原告主張の過失があったと認めるに足りる証拠はない。
三 結論
以上のとおり大宮公園事務所長に原告主張の過失があったとは認められない以上、その余の点について判断するまでもなく、原告の主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないというべきであるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 松井賢徳 原道子)
<以下省略>